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東京地方裁判所 平成8年(ワ)11258号 判決 1998年11月30日

東京都港区高輪二丁目二〇番二六号

原告

東京テクノセールス株式会社

右代表者代表取締役

根本衛

右訴訟代理人弁護士

児玉隆晴

大阪市淀川区西宮原三丁目二番一号

第二ニッケンマンション四一四号室

被告

株式会社ユスココーポレーション

右代表者代表取締役

吉本隆章

兵庫県宝塚市中山五月台六丁目一番

一八-二〇三号

被告

吉本隆章

右両名訴訟代理人弁護士

深井潔

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、別紙顧客名簿A及びB(以下「顧客名簿A」などといい、合わせて「本件顧客名簿」という。)記載の顧客に対し、別紙商品目録記載一の商品の販売契約の締結及びその締結の勧誘をしてはならない。

二  被告らは、本件顧客名簿及びこれを内容とするフロッピーディスク並びに別紙売上高順位表(以下「本件売上高順位表」という。)を廃棄せよ。

三  被告らは、別紙商品目録記載二の商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示してはならない。

四  被告らは、原告に対し、連帯して金一六四八万六三三七円及びこれに対して被告吉本隆章は平成八年七月七日から、被告株式会社ユスココーポレーシヨンは平成八年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告は、昭和五九年三月に設立されたカッター機器等の販売を業とする株式会社である。原告は、設立以来、主として、紙、セロハンなどのカッター機器であるドイツ国デイネス社製のスコアーカットナイフ、ホールダー及びシエアカットナイフホールダー並びにその部品であるスコアーナイフ(以下「本件商品」という。)などを輸入して全国的に販売してきており、平成七年度の総売上高は約一億円であった。

2  被告吉本隆章(以下「被告吉本」という。)は、平成元年三月一五日に原告の取締役となり、取締役兼大阪営業所の所長として勤務していたが、平成七年九月ころ、原告の代表者に対し、同月三〇日付けで原告を退職したいと申し出て、同日付けで退職した。

被告株式会社ユスココーポレーション(以下「被告会社」という。)は、被告吉本により平成七年九月二五日に設立された、刃物の輸入販売等を業とする会社であり、原告の販売してきた本件商品と競合する商品である米国バリス社製のスコアーカットナイフホールダー及びイタリア国マリアコタ社製のシェアカットナイフホールダー並びにその部品類(以下「被告商品」という。)を販売している。

二  本件は、原告が、<1>被告らは、不正の利益を得る目的で、被告吉本が原告の大阪営業所所長であった当時に保管していた原告の営業秘密である本件顧客名簿及び本件売上高順位表を使用して原告の顧客に被告商品を販売しているが、これは不正競争防止法二条一項七号の不正競争行為に該当する、<2>原告の販売するデイネス社製のスコアーカットナイフホールダーの形状は、原告の商品であることを示す周知の商品表示であるところ、被告らは、原告の右商品表示と同一の形状を有するバリス社製のスコアーカットナイフホールダーを販売し、原告の商品と誤認混同を生じさせており、これは不正競争防止法二条一項一号の不正競争行為に該当する、<3>被告吉本は平成八年二月末日まで原告の取締役であったから、被告会社の代表取締役として行った右<1>の行為は商法二六四条一項の競業避止義務に違反する、と主張して、被告らに対し、不正競争防止法二条一項七号、三条に基づき、本件顧客名簿記載の顧客に対する販売契約締結等の差止め(請求一項)及び本件顧客名簿等の廃棄(請求二項)を、同法二条一項一号、三条一項に基づき、別紙商品目録記載二の商品の譲渡等の差止め(請求三項)をそれぞれ求めるとともに、右不正競争行為及び競業避止義務違反行為による損害賠償として、連帯して損害の一部である金一六四八万六三三七円及びこれに対する民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払(請求四項)を求める事案である。

三  争点

1  被告らは、不正競争防止法二条一項七号の不正競争行為を行ったかどうか。

2  被告らは、不正競争防止法二条一項一号の不正競争行為を行ったかどうか。

3  被告吉本は、商法二六四条一項の競業避止義務に違反する行為を行ったかどうか。

4  損害の有無及び額

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1について

1  原告の主張

(一) 原告は、顧客開拓のため長い年月と多大な費用を費やして地道な営業活動を行い、現在では顧客数が約二七〇社に及んでいるが、右顧客について本件顧客名簿を作成し、これを五インチのフロッピーディスク一枚に記録して保有している。顧客名簿Aは住所が西日本にある顧客の名簿であり、顧客名簿Bは、住所が東日本にある顧客の名簿である。

本件顧客名簿には、顧客の会社名、住所のみならず、本件商品の購入の決定権を有する部署及び購入決定権者の氏名が記載されているが、各顧客の購入決定部署及び購入決定権者は容易に知ることができないものであり、原告は営業努力の結果、右購入決定部署及び購入決定権者の氏名を知り得たのである。したがって、本件顧客名簿に記載された情報は原告の事業活動にとって有用な営業上の情報であり、かつ、公然と知られていない情報である。

また、原告は、顧客のうちで売上高の高いものから順に列挙した本件売上高順位表を作成し、重点的に営業を行うべき顧客が誰であるかの資料としていた。本件売上高順位表に記載された情報は、原告が効率的に営業を行うための重要な情報であり、かつ、公然と知られていない情報である。

原告は、本件顧客名簿及び本件売上高順位表を厳重に管理し、原告の役員及び営業担当者に対してのみしか開示していない。

したがって、本件顧客名簿及び本件売上高順位表に記載された情報は、不正競争防止法二条四項の「営業秘密」に該当する。

(二) 被告吉本は、原告の大阪営業所所長であった当時、原告の営業のために使用する旨目的を限定して、本件顧客名簿を記録した五インチのフロッピーディスク一枚及びこれを印刷したもの並びに本件売上高順位表の写しを預かり保管していたが、平成七年九月三〇日付けで原告を退職した際、これらを原告に返却しなかった。

そして、被告吉本は、同年一〇月一日以降、被告会社の営業のために本件顧客名簿及び本件売上高順位表を利用した。被告会社は、本件顧客名簿に記載された原告の顧客に対し被告商品を市場価格の半額という著しく低廉な価格で販売する旨宣伝して、実際にも約半額の価格で販売しており、また、本件売上高順位表の売上高の高い顧客から順に集中的に販売攻勢をかけた。

右のとおり、被告らは、本件顧客名簿及び本件売上高順位表をもとに、原告よりも著しい低価格で本件商品と競合する被告商品を原告の顧客に集中的に販売し、何らの顧客開拓や絞り込みの努力もなく売上げを拡大してきており、被告らの右行為は、原告の営業秘密である本件顧客名簿及び本件売上高順位表に記載された情報を、本来の許容範囲を逸脱して不当な競業による被告会社の利益追求の目的で使用するものであるから、不正競争防止法二条一項七号の不正競争行為に当たる。

2  被告らの主張

(一)(1) 本件顧客名簿は、一枚のフロッピーディスクに記録されていたものではなく、顧客名簿Aと顧客名簿Bとがそれぞれ別のフロッピーディスクに記録されていた。被告吉本は、顧客名簿Aのフロッピーディスク及びこれを印刷したものを年賀状発送用の住所録として保管していたが、顧客名簿Bのフロッピーディスク及びこれを印刷したものを保管したことはない。

被告吉本は、平成七年九月二〇日ころから同年一〇月一〇日ころまでの間に、原告から返却するように指示のあった書類・物品とともに、顧客名簿Aの記録されたフロッピーディスク及びこれを印刷したものを原告に送付して返却した。

(2) 本件顧客名簿は、事業活動に有用な情報に該当しない。

本件顧客名簿は、主として年賀状等の発送のための住所録として使用されていたものにすぎない。

また、本件顧客名簿は、原告と取引がない会社が登録されていたり、重複登録があったり、更新すべきであるのにされていないなど杜撰なものである。

(3) 本件顧客名簿に記載されている情報は、公然と知られていない情報ではない。

本件顧客名簿に記載されている各社は、スリッター業界では一般的によく知られたユーザー・機械メーカー及びその窓口商店であり、原告のみが知りうるものではない。そして、各社のスリッターナイフ及びスリッターホールダーの担当者も、各社・各工場を訪問したり電話をすれば、何人も容易に知りうるものである。

(4) 本件顧客名簿は、秘密として管理されていなかった。

被告吉本は、顧客名簿Aのフロッピーディスク及びその印刷物の引継ぎ時に秘密であるので厳重に管理するように指示を受けたこともなく、右フロッピーディスク及び印刷物に秘密である旨の表示もなかった。したがって、右フロッピーディスク及び印刷物は、他のフロッピーディスク及び書類等と同様の方法で保管・管理していた。

(二) 本件売上高順位表は、本社で開催される営業打合せ会において、半期ごとに売上げの実績を示すものとして出席者全員に配布された参考資料にすぎず、以後の営業活動を効率的に行うためには使用されていなかったから、事業活動に有用な情報に該当しない。

また、本件売上高順位表には秘密である旨の表示もなく、その保管等についての指示もなかったので、出席者において適宜に処分されており、営業秘密として管理されていなかった。

(三) 被告らは、本件顧客名簿及び本件売上高順位表に基づき営業活動をしたことはない。

二  争点2について

1  原告の主張

(一) 原告の販売するデイネス社製のスコアカットナイフホールダー(以下「デイネス社製ホールダー」という。)は、<1>側板で覆われたホールダー本体部分、<2>それに組み込まれたカッターナイフ部分、<3>空気の圧力によりカッターナイフを上下させるプレッシャーシリンダー部分及び<4>ホールダー本体を各種製造装置に着脱するためのクランプから構成されている。そして、これらの部分からなるデイネス社製ホールダーは、その形状において特異性があり、他社のスコアカットナイフホールダーと比較すれば、明らかに形状が異なっている。

原告は、デイネス社の日本での唯一の販売代理店であり、昭和五九年ころから、日本国内でデイネス社製ホールダーを独占的に販売し、雑誌広告、展示会、ダイレクトメールなどにより商品の宣伝を反復継続して行った。その結果、平成六年には、日本国内において、デイネス社製ホールダーは、スコアカットナイフホールダーの販売シェアの九〇パーセントを占めるに至った。

したがって、遅くとも平成六年の段階では、デイネス社製ホールダーの形状は全国の需要者の間において、原告の商品を示すものとして周知となった。

(二) 被告会社は、平成七年一〇月ころから、デイネス社製ホールダーの模造品であるバリス社製のスコアカットナイフホレルダー(以下「バリス社製ホールダー」という。)を輸入し、原告の顧客に対して販売しているところ、バリス社製ホールダーは、デイネス社製ホールダーと形状が同じである。そして、バリス社製ホールダーは、デイネス社製ホールダーと、大きさ、重さ、材質、機能、構成部品なども同一であり、異なるところは、デイネス社製ホールダーには製造者を示す「DIENES」の表示があるが、バリス社製ホールダーにはそれがないことだけであるから、需要者においてバリス社製ホールダーを、原告が販売するデイネス社製ホールダーと誤認混同するおそれがある。

(三) したがって、被告会社がバリス社製ホールダーを販売する行為は、不正競争防止法二条一項一号の不正競争行為に該当する。

2  被告らの主張

(一) デイネス社製ホールダーの形状は特異性を有するものではなく、ナイフ交換がネジの脱着を必要としないワンタッチ形式のホールダーとしては、その機能上似たような形態とならざるを得ないものである。

また、デイネス社製ホールダーは、もともと昭和四八年ころから昭和五九年ころまで大阪利器製造株式会社(以下「大阪利器」という。)が日本国内での販売代理店として販売しており、昭和五九年に大阪利器が販売代理店契約を解消した後も、同社は並行輸入により現在に至るまでその販売を継続していた。

したがって、デイネス社製ホールダーの形状は原告の商品を示すものとして広く知られてはいない。

(二) デイネス社製ホールダレとバリス社製ホールダーとは、製造者名の表示以外にも、本体部分右下のネジの有無、ネジ頭部の形状、接続品であるエアホースの材質・形状が異なっているから、その形状は同一ではない。

(三) スコアカットナイフホールダーのような需要者が限られる特殊な製品は、店頭販売による一般需要者に対する販売はあり得ないことであり、全て専門家に対する注文販売である。そして、その取引に際し、需要者はその商品の形態に注目することはなく、性能・価格等に注目して取引がされ、広告及び見積書においても製造者・型式等が明記されている。

したがって、デイネス社製ホールダーとバリス社製ホールダーについて、需要者が誤認混同をきたすことはあり得ない。

三  争点3について

1  原告の主張

被告吉本は、平成七年九月三〇日付けで原告を退職した後も、平成八年二月末日まで原告の取締役であった。

したがって、被告吉本が原告の取締役在任中に行った前記一の行為は商法二六四条一項の競業避止義務に違反する。

2  被告吉本の主張

被告吉本は、平成七年九月三〇日に原告を退職して、持株の全てを返還し、以後原告の業務に従事したことはなく、役員手当等一切の報酬も受けたことがない。商業登記簿上の取締役の登記は、右退職日以後も残っていたが、これは原告の都合によって登記のみが残っていたにすぎない。

したがって、被告吉本は、平成七年一〇月一日から平成八年二月末日までの間において、取締役ではないから、競業避止義務を負うことはない。

四  争点4について

1  原告の主張

(一) 被告らの前記一、二の不正競争行為により平成七年一〇月一日から平成八年九月三〇日までの一年間の原告の売上げは、前年一年間に比して三八八五万三六三五円減少した。

原告の利益率は売上高の四〇パーセントであるから、右期間中の原告の損害額は一五五四万一四五三円となる。

また、右損害のうち、平成七年一〇月一日から平成八年二月末日までの間に生じた損害は、被告吉本の前記三の競業避止義務違反行為によって生じた損害でもある。

(二) 被告らの前記一、二の不正競争行為により平成八年一〇月一日から平成九年九月三〇日までの一年間の原告の売上げは、平成七年九月までの一年間に比して三七四〇万五二三一円減少した。

原告の利益率は売上高の四〇パーセントであるから、右期間中の原告の損害額は一四九六万二〇九二円となる。

(三) したがって、平成七年一〇月一日から平成九年九月三〇日までの二年間の原告の損害額は、三〇五〇万三五四五円となる。

2  被告らの主張

原告の主張を争う。

第四  当裁判所の判断

一  争点1(被告らが不正競争防止法二条一項七号の不正競争行為を行ったかどうか)について

1  前記第二の一の事実に証拠(甲一、九、二一、乙一、八、九、一八ないし二〇、原告代表者、被告吉本本人)と弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和五九年に設立され、同年一二月からドイツのデイネス社の日本国内での販売代理店となり、主として同社のスコアーカットナイフホールダー、シェアカットナイフホールダー及びその部品であるスコアーカットナイフ等を輸入して販売してきた。原告には、営業拠点として、東京都内の本社(以下「東京本社」という。)と大阪市内の大阪事務所とがあり、地域を東日本地区と西日本地区とに分けて東京本社と大阪事務所とで営業活動等を分担し、東京本社においては東日本地区の顧客を担当し、大阪事務所においては西日本地区の顧客を担当していた。

(二) 本件顧客名簿のうち、顧客名簿Bは住所が東日本地区にある会社を記載した名簿であり、顧客名簿Aは住所が西日本地区にある会社を記載した名簿である。右各名簿には、各記載欄ごとに、郵便番号、住所、会社名・工場名、部署名、肩書(ただし、記載がないものもある。)、個人名(ただし、記載がないものもある。)が記載されている。顧客名簿Aも顧客名簿Bもいずれも各記載欄にはNo.1から番号が付され、顧客名簿Aの最後の欄にはNo.579が、顧客名簿Bの最後の欄にはNo.779が付されているが、各名簿に記載されている件数は、顧客名簿Aが三二六、顧客名簿Bが二七四であるから、顧客名簿Aには欠番が二五三あり、顧客名簿Bには欠番が五〇五ある。本件顧客名簿には、特にこれを秘密とするような表示はなく、東京本社では、本件顧客名簿をプリントアウトしたものを、ファイルに入れて本立てに立てて保管しており、社員は自由に見ることができた。

(三) 被告吉本は、昭和六三年九月一日原告に入社して大阪事務所の所長となり、平成元年三月からは原告の取締役にも就任した。大阪事務所には被告吉本の他にはパートの女子職員が一名いただけであり、被告吉本が一人で西日本地区における営業活動を担当していた。被告吉本は、原告に入社時に西日本地区の顧客名簿A(ただし、後記のとおり一部更新されているので昭和六三年当時のもの)の記録されたフロッピーディスク一枚とそれをプリントアウトしたものを手渡されたが、その管理については特に指示はなく、これを大阪事務所の女子職員の事務机の引き出しに入れて保管していた。顧客名簿Aについては、被告吉本の判断で記載の一部を更新し、毎年一二月に一部更新したものを記録したフロッピーディスクを大阪事務所から東京本社に送付し、これによって東京本社で保管していた同名簿が更新されていた。

(四) 本件売上高順位表は、平成七年六月三〇日付けで作成された手書きの文書であり、平成七年一月から六月の間の原告の売上高の順位、社名、金額が「五万円以上」、「五万円以下」、「加工収入」、「ログソーナイフ」、「コナックス」、「コアーチャック」の項目ごとに表形式で記載されているが、特にこれを秘密とするような表示はない。右項目のうち、「五万円以上」と「五万円以下」に記載された会社を合わせると、本件売上高順位表には売上金額の大きい順に、一位から一一六位まで合計一一六社が記載されている。

原告では、半期ごとに本件売上高順位表と同様の文書を作成し、東京本社で行う営業会議(原告代表者、被告吉本、東京本社の営業部長であった若林の三名で行っていた会議で、もう一名社員が加わって四名で行っていた時期もある。)の際に出席者に配付しており、本件売上高順位表も東京本社での営業会議の際に配布された。被告吉本は、営業会議に出席したときに本件売上高順位表の配付を受けたが、その管理については特に指示を受けなかった。東京本社では、売上高順位表をファイルに入れて本箱で保管していた。

(五) 被告吉本は、平成七年ころから自ら独立開業して本件商品と競合する商品を販売しようと考え、平成七年九月三〇日付けで原告を退職し、同年一〇月一日から被告会社の営業を開始し、被告商品を販売するようになったが、販売先には本件顧客名簿や本件売上高順位表に記載された、東日本地区にある会社を含む原告の顧客も含まれていた。

また、商業登記簿上、被告吉本の取締役の登記は平成八年二月末まで存在していたが、被告吉本は、原告を退職した際に原告の持株を全て返し、以後原告の取締役としての業務に従事しておらず、取締役の報酬等も一切受け取っていない。

(六) 本件顧客名簿は、原告の売上実績のある会社を集めて作成されたものではなく、原告の販売する本件商品の需要者となりうる会社に対して営業活動を行った際に、名刺交換等をして知り合った相手の所属部署、氏名等を記載したものである。

本件売上高順位表に記載された実際に売上実績のある一一六社のうち五〇社については本件顧客名簿に記載されていない。

顧客名簿Aには、記載された部署の該当者が退職、転勤等の異動により交代しているのに該当者の記載が変更されていないものが多数あるほか、原告の売上実績のない会社が相当数含まれており、全く重複する記載も十数件ある。さらに、代表者だけが記載されている会社(NO.33、43、155、214、250、345、375、419、485、532)や部署のみが記載されている会社(NO.483、502、503、565、566、567)もある。

原告が販売する本件商品の主な需要者は、不織布メーカーであるところ、本件顧客名簿に記載されている会社の多くについては、その会社名、住所、不織布関連部門の担当者名、取扱商品等が、不織布メーカーの業界誌である「不織布情報 二六七」(甲九)に掲載されている。

2  原告は、本件顧客名簿は一枚のフロッピーディスクに記録されており、被告吉本は、原告の大阪事務所の所長当時、本件顧客名簿の記録されたフロッピーディスク一枚とこれを印刷したものを保管していたと主張し、原告代表者の尋問結果及び陳述書(甲二一)には右主張に沿う供述及び記載がある。

しかし、被告吉本は、本人尋問において、同被告が大阪事務所において保管していたのは顧客名簿Aとそれをプリントアウトしたもののみであったと供述し、同被告の陳述書(乙一九)にも、それに沿う記載がある。これらの供述及び記載に、前記認定のとおり顧客名簿Bに記載されていたのは東日本地区に住所を有する顧客であるのに対し、被告吉本が営業活動を行っていた大阪事務所は住所を西日本地区に有する顧客を担当していたのであるから、大阪事務所において顧客名簿Bを保管する意味はないこと、顧客名簿Bのフロッピーディスクを大阪事務所で保管していたとするとその記載事項に変更があった場合にこれを更新する必要があるが、大阪事務所において顧客名簿Bのフロッピーディスクの更新が行われていたことを窺わせる証拠は一切ないことを総合すると、原告代表者の右供述及び陳述書(甲二一)の右記載は信用できず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用できない。

右1認定のとおり、原告の大阪事務所には、顧客名簿A及びそれをプリントアウトしたもののみが保管されていたものと認められる。

3  以上認定の事実に基づいて、被告らが不正競争防止法二条一項七号の不正競争行為を行ったかどうかについて判断する。

(一) まず、本件顧客名簿のうち、顧客名簿Bについては、右認定のとおり、原告の大阪事務所に保管されていたとは認められず、その他、原告が被告吉本に対して顧客名簿Bを示したことを認めるに足りる証拠はないから、被告吉本が原告から顧客名簿Bを示されたとは認められず、したがって、被告らが顧客名簿Bを使用したとも認められない。

よって、被告らが顧客名簿Bに関して不正競争行為を行ったとは認められない。

(二) 次に、顧客名簿A及び本件売上高順位表が不正競争防止法二条四項の「営業秘密」に該当するかどうかについて判断する。

まず、顧客名簿A及び本件売上高順位表が秘密として管理されていたかどうかについて判断する。

この点について、原告は、本件顧客名簿及び本件売上高順位表を厳重に保管するように指示していたと主張し、原告代表者の陳述書(甲二一)にこれに沿う記載があるほか、原告代表者は、同代表者尋問において、本件顧客名簿及び本件売上高順位表を、秘密書類として取り扱うよう、営業会議の席などにおいて注意していたと供述する。しかし、これらの記載及び供述は、きわめて抽象的なものである上、これらに反する被告吉本の本人尋問における供述に照らすと、到底信用できない。右1(二)(四)認定のとおり、本件顧客名簿及び本件売上高順位表の保管については、原告の社内において特に指示はされていなかったものと認められる。そして、この事実に、右1(二)(四)認定のとおり本件顧客名簿及び本件売上高順位表にはこれが秘密であることを示すような表示はないこと、本件顧客名簿及び本件売上高順位表の原告における保管方法は、右1(二)ないし(四)認定のようなものであって、特に他の書類と異なる取扱いがされていたとは認められないこと、右1(二)認定のとおり、原告の社内において本件顧客名簿を見ることができる者は制限されておらず、本件売上高順位表を見ることができる者が制限されていたとも認められないことを総合すると、原告において、顧客名A及び本件売上高順位表が秘密として管理されていたとは認められない。なお、証拠(甲二四)によると、原告の就業規則には、「会社の機密および会社の不利益となる事項を他にもらさないこと」という条項が存したことが認められるが、そのような条項が存したからといって、それのみでは、右認定が左右されることはない。

したがって、顧客名簿A及び本件売上高順位表が不正競争防止法二条四項の「営業秘密」に該当するとは認められない。

(三) また、被告らが顧客名簿A及び本件売上高順位表を使用して営業活動を行っていたことを認めるに足りる証拠はない。

この点について、原告代表者は、代表者尋問において、被告らは原告の顧客に販売攻勢をかけているが、本件顧客名簿がなければ担当者や担当部署が容易に分からないから販売攻勢をかけることはできないはずであるし、被告会社の営業は被告吉本一人で行っているから、効率的な営業をするためには本件売上高順位表を利用することが必要であり、現に被告らは本件売上高順位表の九位に載っている株式会社筑紫に営業活動を行っている、被告吉本が退職した後、原告の販売先への売上げが大きく減少したと供述する。

しかし、被告吉本は、昭和六三年九月一日から平成七年九月三〇日までの約七年間にわたり、原告の大阪事務所の所長として、一人で西日本地区の営業活動を行っていたのであるから、原告の西日本地区の顧客については顧客名簿Aを見るまでもなく、熟知していたものと認められる。しかるところ、顧客名簿Aは、右1(六)認定のとおり、記載された部署の該当者が退職、転勤等の異動により交代しているのに該当者の記載が変更されていないものが多数あるほか、全く重複する記載が十数件あるなど整備された名簿ではないのであるから、原告の西日本地区の顧客について熟知していた被告吉本が、顧客名簿Aを使う必要があったとは認められない。

また、本件売上高順位表は、右1(四)認定のとおり、原告の売上高の高い順に会社名が記載してあるものであるが、西日本地区の顧客について熟知していた被告吉本は、当然西日本地区の顧客に対する売上げについてもよく知っていたものと推認することができるから、西日本地区の顧客について本件売上高順位表を参考にする必要があったとは認められない。

さらに、証拠(乙一九、被告吉本本人)によると、被告吉本は、平成七年一〇月の時点において、カッターナイフの業界で既に一〇年以上仕事をしてきたものと認められ、右1(四)認定のとおり、原告在勤中にも営業会議に出席するなどしていたのであるから、東日本地区の顧客についても、一定の知識はあったものと認められる。そして、右1(六)認定のとおり、本件商品の需要者の多くについて、その会社名、担当者名等が業界紙に掲載されていたものと認められる上、証拠(甲一〇の一、甲一一の一、被告吉本本人)によると、原告が被告らの営業活動によって売上げが減少したと主張する顧客は、いずれもカッターナイフの業界において需要者としてよく知られた会社であると認められる。以上のようなことからすると、被告らが東日本地区の顧客について営業活動を行ったからといって直ちに本件売上高順位表を使用したとまで認めることはできない。なお、証拠(甲一六、原告代表者、被告吉本本人)によると、被告らは本件売上高順位表の九位に載っている株式会社筑紫に営業活動を行ったことが認められるが、そうであるからといって、直ちに被告らが本件売上高順位表を使用したと認めることができるものではない。

したがって、原告代表者の右供述を採用することはできない。

よって、以上の点からも、被告らが顧客名簿A及び本件売上高順位表について不正競争防止法二条一項七号の不正競争行為を行っていたとは認められない。

二  争点2(被告らが不正競争防止法二条一項一号の不正競争行為を行ったかどうか)について

1  原告は、デイネス社製ホールダーの形状は特異であり、遅くとも平成六年の段階でその形状が全国の需要者の間で原告の商品を示すものとして周知となったと主張し、原告代表者の陳述書(甲二一)には、原告は昭和五九年から日本国内でデイネス社製ホールダーを独占的に販売し、雑誌広告、展示会、ダイレクトメールによって反復継続的に宣伝を行った結果、平成六年には国内での右ホールダーのシェアが九〇パーセントに及び、遅くとも平成六年の段階でその形状が全国の需要者の間で原告の商品を示すものとして周知となったとの記載がある。

2  しかし、右陳述書の記載によって、原告がデイネス社製ホールダーについて宣伝活動を行ったことが認められるものの、原告がどの程度の宣伝活動を行っていたかについては、本件全証拠によるも明らかでない。

証拠(乙一八ないし二〇)によると、大阪利器が、平成元年から、デイネス社製ホールダーを並行輸入して、日本国内において販売していたこと、大阪利器が販売していたデイネス社製ホールダーは、原告が販売していたものより価格が低かったこと、以上の事実が認められるから、原告が日本国内でデイネス社製ホールダーを独占的に販売していたとは認められないし、また、右認定の事実からすると、陳述書の右記載のみでは、平成六年に原告が販売するデイネス社製ホールダーのシェアが九〇パーセントに及んでいたとは認められないところ、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。

さらに、証拠(甲一四)と弁論の全趣旨によると、スコアカットナイフホールダーは、ホールダー本体、それに組み込まれたカッターナイフ部分、空気の圧力によりカッターナイフを上下させるプレッシヤーシリンダー部分及びホールダー本体を各種製造装置に着脱するためのクランプから構成されるものであって、必然的にこれらを備えているものであると認められ、この事実に、証拠(甲一五の一ないし五)から認められる他社製のスコアカットナイフホールダーの形状を総合して考えると、証拠(甲一三)によって認められるデイネス社製ホールダーの形状(別紙写真一、二)が特異なものであるとは認められない。

証拠(乙二〇、被告吉本)と弁論の全趣旨によると、スコアカットナイフホールダーは、不織布メーカー等の業者が購入するもので、一般消費者が購入するものではなく、その性能・価格に注目して取引が行われると認められる。

以上のようなことに鑑みると、デイネス社製ホールダーの形状が、平成六年の段階で原告の商品を示すものとして周知となったとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3  したがって、その余の点について判断するまでもなく、被告らが不正競争防止法二条一項一号の不正競争行為を行っていたとは認められない。

三  争点3(被告吉本が商法二六四条一項の競業避止義務に違反する行為を行ったかどうか)について

原告は、被告吉本は平成七年九月三〇日付けで原告を退職した後も平成八年二月末日まで原告の取締役に留まっており、被告吉本が原告の取締役在任中に行った前記第三の一の行為は商法二六四条一項の競業避止義務に違反する旨主張する。

前記一1(五)認定のとおり、被告吉本は、平成七年一〇月一日から被告会社の営業を開始し、被告商品を販売するようになった後も、平成八年二月末までは、商業登記簿上、原告の取締役としての登記が存在していたのであるが、前記一1(五)認定のとおり、被告吉本は平成七年九月三〇日付で原告を退職した際に原告の持株を全て返し、以後原告の取締役としての業務に従事しておらず、取締役の報酬等も一切受け取っていないのであるから、原告と被告吉本との間の取締役としての委任関係についても平成七年九月三〇日をもって終了する旨の黙示の合意があったものと認められ、実体を伴わない取締役の登記のみが残っていたものと認められる。

したがって、被告吉本は平成七年一〇月一日以降、原告に対して商法二六四条一項の競業避止義務を負わないものというべきであるから、被告吉本が商法二六四条一項の競業避止義務に違反する行為を行ったとは認められない。

四  結論

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 中平健)

(別紙)

商品目録

一1 スコアーカットナイフホールダー

2 シェアカットナイフホールダー

3 スコアーナイフ

二 次の写真一又は二の形状と同一の形状のスコアーカットナイフホールダー

(別紙)写真一

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(別紙)写真二

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(別紙)

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(別紙)

売上高順位表

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